神様がくれた休日

テリトリー 新潟県上越地方 富山県 長野県北部

お盆が終わって

 お盆になって田舎町にも帰省やレジャーの県外人が多く訪れました

80%マスク姿のSCもお盆の間は半分以上ノーマスクの若い世代が増えました

新型のコロナの流行が始まったそうです、喉に燃えるような痛みが起きるのが特徴だそうです、そのほかにも伝染病が一つ二つ流行しているそうです

私は病院の薬を複数飲んでいて免疫が下がっているので、マスクは離せません、「なんの防御にもならない」という人がいますが、気休めにはなります。

 

それはさておき、14日の夜には共同墓地で会員が50名ほど集まって、住職を頼んで合同慰霊祭を行いました

父は終戦後東京からこの町にやって来たので墓は在りません、父の祖父母家族、祖祖母の墓は古河市にあったんですが戦後のドタバタのうちに無縁仏となって寺内で合肥されました、先祖代々の墓は大田原市黒羽にあるはずですが不明

父の両親は戦争中に東京大空襲で亀戸で亡くなったので(遺体は見つかっていない)

戦後まもなく浅草の日輪寺で簡単な葬儀をしましたが骨も無いので墓もありません

今は両国と本所の間の震災慰霊堂(第一ホテル隣)が私の祖父母の墓と思って、東京へ行くと必ずお参りしてきます

遠いので簡単には行けず、子供の頃は盆になると、母の実家の墓がわが家の近くにあったので父母と兄弟と提灯をぶら下げて墓参りに行きました、だれが眠っているのかも知らずに、でも提灯を持って歩くのがなぜか嬉しかった。

 

16日には、自宅にご住職に来ていただいて読経してもらいました

いつもどおり住職は我が家で小一時間、雑談をしてお茶を飲んでいきました

長野県の松本出身の人で気さくです、我が家の手作りケーキが大好きで、それを楽しみにしている節もあります、年齢は私より20歳以上若いでしょう

なかなかよく通る美声でありがたいお経に聞こえます、宗教のことは雑談では一切話しません、先般草刈り鎌で指をざっくり切って手術をしたそうです

まあ他愛ない話をしていると時間を忘れてしまいます。

 

 

 

 

熊に何がおきているのか 田舎の暮らし

 森林、山岳を抱える地域で熊による人間の被害が近年続出している

それは山に限らず、町の中でも発生している

見逃せないのは死者が出ていることだ、当然けが人はその何倍か出ている。

 

なぜクマが町まで下りてきて人を襲うのか、まずはそこだろう

今の人間は8割が大都市で暮らす、田舎暮らしを知らない

熊がどうこうでああすればよいと都会思考で考えるが、人間と野生動物との共生の姿など全く知っちゃあいない、根本的な問題はここにある

一言で言うなら「人間の近代化、感情のないロボット化」だ、自然界で暮らした野生の人間からAIだITだSNSだの、全く違う人間が誕生した

少し山に入れば廃村が目立つ、私が生まれてから廃村になったところはいくらでもある、みんな人が住み、野生動物と共存していた

田や畑を耕し、祭りをしていた、学校もあって生徒が100人近くいた、私も若いころそんな片道30分以上かかる山道を各集落へ料理を配達に行った、結婚式も家でやっていて村中総出でその家に集まって手伝い、祝った、父は泊まり込みでその家に行って婚礼料理を作り「料理人さん」と重宝された

私も法事の家で半日料理番をしたことがある、

あの頃は山深い集落に行ってもクマやイノシシの心配などしたことがなかった

おそらく住民と動物はバランスよく暮らしていたはずだ、農作物の余りや収穫後に残った根っこや、作物の残りを野生動物がいただくという自然の営み、山の管理もしっかりと行い雑草を取り、植林や伐採を繰り返した

山には栗、どんぐり、柿、人間が捕りきれないほどになっていて動物の暮らしをも支えていた

暗黙の了解が住民と動物の間で成立していたし人間も動物もストレスなく優しかったんだと思う

そうでなければ5㎞の山道を背中に魚の入った缶を背負って標高500mの集落まで毎日歩いて通った父はクマに襲われたであろう

それが無事だったのは住民と動物の間に信頼関係があったからだ

つかず離れずの距離で住民と動物は平和に暮らしていた

今はその谷筋にあった5つの集落はすべて無人になった、もし熊のDNAに山の住民との蜜月の記憶があって、山に餌が無いから人間の近くにいけば収穫のおこぼれがあると本能で出てきたとしたら

ところがコンクリートジャングルには意思が通じていた優しい農業者はいない、ゴミ捨て場で食い物のカスを見つけて漁る

人が騒ぐ、パニックになった熊が暴れる、人間はヒステリックに騒ぐ

今は人間と野生動物がお互いが疑心暗鬼になって敵対している、熊ばかりが悪いと言えるだろうか、地域格差、収入格差があらわれ農業、林業で生活ができなくなり、子供たちは中学校を卒業すると工場労働者として田舎を離れていく、昭和の山村の暮らしは消え去った

自然界に迷惑かけた人間は考え直すところに来ているのではないか

でもそれはできない相談、肉体労働者が軽視され、大都市にAI人間が殺到する今の時代、とても野生動物との共存は無理だろう。

 

ここまでは私論、以下は一般論

 

今、世論は分かれている、「熊を殺すな」と言う声、「熊を駆除しろ」と言う声

クマによる被害地域は、人間が暮らす地域、野生動物が暮らす自然の中、この二つだ

銀座や道頓堀でクマが出たと言う話は聞かない

自然の中でクマに出会うことは当たり前で、そこは彼らの住居だから、人間の方が覚悟を決めて行くしかない

問題は市内、集落など人間居住区だ、なぜここにクマが出てくるのだろう

最大の仮説は「山に餌が無い」クマなど野生生物の死活問題だ

あるいは「登山者などが捨てて行った食品やその食べ残しなどを食べたクマが学習して、町場のごみを求めてやってくる」

熊が人間を襲うのはなぜか、「侵入者を排除するため」「出会いがしら」「人間を他の小動物同様に餌として襲う」三番目がもっとも危惧される「人食い熊」

北海道などで過去に起こっているようだが、これまでは特殊な熊とされていた

それが日常化すれば、大いなる脅威だ。

 

熊がイラついているのではないかと思う、熊ばかりがクローズアップされるが、イノシシ、シカ、キツネにタヌキ、ウサギ、リスだって山の中で食い物に苦労しているかもしれない。

 

近年の異常な気候は確実に実をつける樹木に影響しているはず、家庭菜園でも今年はものによっては不作だ

他のブログで見たが、ソーラパネルが山間部に数多く設置されて、それが野生動物にストレスを与えているという説

ゴルフ場、リゾート、工場などの乱開発、スーパー林道、高速道などによる山間地の森の分断

管理者が居なくて放置されて荒れ放題になった山林

観光客の増大で自然の中に踏み込む人間たち、これらはすべて野生動物のストレスになっているはずだ

「熊を殺すな」と言う人は、そんな人間の身勝手を憂慮して言っている

「熊を駆除しろ」とはクマが出没する脅威にさらされている住民

安全な都市部の会社にいて、自然開発を推進している人たちは何も言わない

自然開発も経済活動、経済活動は国を支える重要な柱、政府だって「それだめ」とは言えないし、野生動物より人間の味方なのは間違いない。

 

私はと言えば、駆除される野生動物は可哀そうだと思う、反面、夕方の散歩は次第に不安が付きまとうようになってきた

市の面積の98%くらいが山間部のわが町でも、いのしし、熊、シカ、サルなどの姿は日常的にみられる、だが熊が人間集落で悪さをした話は聞かない

猟師が山に入って熊撃ちをして、それをみんなで食べたと言う話は時々聞く

我が町ではまだ人間の方が熊を食べる優位に立っている

それは昔から人間と野生動物の営みで、自然界のバランスを保っていたと思われる

自然界のバランスを開発ということが壊していることは否めない

野生動物がどんどん減った山にどんな影響が出てくるのか、それが人間社会にどう影響するのか

いまや山は放置されて、蔦が絡み合い、杉やブナの森がジャングル化している

これも自然のサイクルの一環だとしたら、人間が騒ぎ立てることでもない

自然界は人間が思うほどやわではない、いつか動物を含めた自然の反撃が人間界を襲ってくるかもしれない

土砂崩れ、土石流、森林大火災、河川の氾濫、熊の人間襲撃、もう自然の反撃は始まったのかもしれない。

 

日本中に張り巡らされたコンクリートの建造物、高速道、鉄道、建物、ソーラパネル、原発、日本人が半分になった時、それを維持できるのだろうか

高度成長の残骸が日本のいたるところに出現する、すでに空き家問題が現実として発生している、町の30%が空き家になったら町の姿はどうなるか

大都市だって人口が減れば空きビル問題が発生するだろう、田舎の温泉場、山の中の廃村、有名温泉街でさえゴーストタウン化しているし、地方のシャッター通り商店街はもう珍しくない

我が町も昭和30年頃と比べれば人口は半分になった、それも近隣町村と合併してのこと

純粋に中心市街地だけを見れば3分の1くらいになっているかもしれない。

 

 

 

 

 

古い写真 わが家と戦争

 これまで何度も父方の戦争体験を書いて来たが、母方に触れたことが無かった

盆も近づいて両親の遺品整理をしていたら、古いアルバムが一冊出てきて昭和10年頃から戦争中、終戦間もないころ昭和21年くらいまでの写真だった

母は10代から20歳そこそこの娘、とうぜん母の写真も多い。

父は小学生から兵隊時代、終戦後の23年まで東京で暮らし、栃木県生まれの母と江戸っ子日本橋育ちの義父は東京亀戸で東京大空襲に遭って亡くなった

家もまる焼けで跡形もなく、写真も当然焼失した、父の戦争前の家族写真は2枚しかない、兵隊に行ったときに持って行って無事だったのか、終戦後に千住方面で戦災を免れた叔父からもらったのかわからない。

母方は北陸の田舎だったので写真はけっこう残っている

母の人生を少し語れば、小学校を卒業してから東京麻布の親戚のおばさんの「お屋敷」(と母は言っていた)で女中奉公、そこでいろいろ習い事をさせてもらったらしい

戦争がはじまると母親と一緒に埼玉県の神保原の製糸工場で働いた、その頃の写真が多い

父親が死んだので田舎に帰ってきて地元の工場で働いていた、そして父と昭和24年に結婚した。

 

戦争中の写真

伯父さん(母の兄)兵卒完全武装 中国南部(南支)へ送られた、部隊が出撃の時 病気を発症して出撃できず、出撃した部隊は渡河進行中に攻撃を受けて壊滅的な損害を受けた、伯父には運があった、終戦の時シベリア送りにもならず、生還した。

海軍水兵、母の伯父か従兄弟

下士官、親戚と思われる(麻布のお屋敷の息子さんか?)

憲兵風、母の知人?

あんぱんでお馴染み、国防婦人会の女性、二人のタスキが違う

あんぱんで学校の先生となって「愛国の鏡」と呼ばれた朝田のぶと、瀧内公美が演じた黒井雪子師範も、こんなきりっとした表情だったんでしょうね

国防婦人会埼玉県支部集会

 

女子挺身隊員

 

紀元2600年昭和16年の記念式典

国防婦人会?の表彰式典

堅忍持久」「○業報国」の垂れ幕

戦勝祈願祭か

晴れ着に日の丸は何が行われた日なのか、前列中ほどに座っているのが娘時代の母(日の丸を持っていない方)

奉仕団か? 前列左端が祖母、4

0代半ばか?

 

麻布のお屋敷に奉公していた時の母

15歳くらい

終戦の日

 アメリカ、イギリス、オーストラリア、オランダ、中国を相手に戦争していた日本が無条件降伏した日が昭和20年(1945年)8月15日

実際には日本に対して宣戦布告した国ははるかに多いが、インドなどを除いてほとんど日本とは直接戦っていない

ソビエト(ロシア)は日本と不可侵条約(互いに攻め込まない条約)を結んでいたが、日本同盟国ドイツが降伏して、日本が単独になったことで終戦の6日前の8月9日に条約を無視して手薄な満州から攻め込んできた

フランスはベトナムを植民地にしていたが、日本と戦う前に本国がドイツに降伏したので、日本とは戦わずにベトナムから撤退した。

朝鮮(今の韓国と北朝鮮)は1910年に日本に併合されて日本人にされたが、日本が負けたことでアメリカなど連合軍によって解放されて再独立した

だから日本の敗戦日は朝鮮の独立記念日になっている。

 

日本は降伏したが太平洋の各島や東南アジア、中国本土、朝鮮半島に展開していた数百万の日本軍と日本民間人にとって、8月15日できっぱりと戦争が終わったわけではない

15日以後でも特攻機は敵に突っ込んでいたし、中国や満州ではまだ戦う部隊があった

特に中国は陸軍同士の一進一退の戦争であったから、日本が負けたなどと信じない部隊もあったようだ

またソビエトの違法な終戦後の日本兵強制連行(50数万人を連行)からシベリアでの過酷な奴隷的強制作業で5万人以上がシベリアで無念の死を遂げた。

 

また終戦の情報が入らないジャングルや孤島、奥地でも戦争は継続していた

小野田寛郎さんが部下2名と1974年戦後29年もフィリピンでゲリラ的に村を襲っていたり、横井庄一さんが終戦を知らずにグアム島の洞窟で1972年まで27年間も仲間2人と隠れていた、仲間二人はそこで亡くなった、小野田さんの部下2名も戦死。

小野田さんは職業軍人下士官で中野スパイ学校出身、主に諜報活動と破壊攪乱の任務を負っていた、終戦間際には自殺的な玉砕戦法で何十万の民間人兵士が無駄に死んだが、小野田さんには生きて敵を攪乱破壊せよとの任務が与えられていた、情報収集が任務であるから日本が降伏したことも知っていたが、自分なりの解釈で完全な敗北でないと思い込んでいた節もあるようだ

一方横井さんは名古屋だったかの洋服職人で全くの民間人であった、投降し遅れたと言った方が良いかもしれない、小野田さんのようなバリバリの軍人でなかったから部隊が壊滅した後は恐怖との戦いであっただろう。

 

私は兵隊に行った父の影響でこの戦争に小学生の時から興味をもって父に根掘り葉掘り聞いていた、チャンスがあれば兵隊経験がある人から戦争中の話を聞いたが、もっともっと聞いておけば良かったと悔やんである。

 

私が聞いた人を少し上げて見れば、ビルマ、インドでのインパール作戦で両足貫通弾を受けて歩けず自爆の直前までいきながら奇跡的に生きて帰国した親戚のおじさん

南太平洋のパラオ諸島の守備隊にいて、転属命令で1日違いで玉砕を免れた長野県の親戚のおじさん

中国南部で戦っていた母の兄(伯父さん)、満州鉄道の機関士だった友人の父

満州にいてシベリア抑留された兵隊、建具屋さんだった

軍用貨物船に乗って台湾を往復していた魚屋さん、群馬の高射砲隊にいた父の従兄など

もうそんな話ができる人は100歳を超えた

戦争の話は勇ましくなんかない、勝った方は勇ましいかもしれないが負けた方は「戦争なんかするもんじゃない」とみんなそう言う

そりゃそうだ、外国に占領されて国が無くなってしまったのだから

政府はあったけれど、いちいちアメリカの意見を聞かないと何もできない

国の柱である憲法アメリカが作ったアメリカに便利が良い憲法、まあそのおかげで今日まで80年我が国は戦争をせずに平和に暮らすことができた。

そのかわり相変わらず不平等条約も戦後80年生き続けている

日本各地にアメリカ軍基地があり、関東上空はアメリカ軍に支配されていて、民間機は上空を飛べない、最近まで沖縄で米兵が婦女暴行を行っても日本が逮捕裁判できなかった、今はどうなのか知らないが・・・

 

そんな戦争があったことを知らない世代も多くなった、それだけ日本が平和国家だと言える、逆にいえば危機感が無い国になったともいえる

何事も程度というものがある、日本と戦争のちょうどよい程度とはどの程度なんだろう

真剣に考えてみる必要がある。

 

 

スズメバチの襲撃

 先日、甥が機械で草刈りをしていてスズメバチに刺された、草むらの巣に当たったらしい

機械をほおって逃げたけど、どこまでも追いかけて来て、とうとう尻を刺されたそうだ

作業ズボンを履いていたけど刺された

父親も近くにいて一部始終を見ていたが、甥はスズメバチに刺されるのはこれが2度目でアナフィラキシーショックになる可能性もあるから車に乗せて急いで走った

現場は山の中で病院がある町までは国道で小一時間かかる

途中でなんどか気持ち悪いと言って、窓を開けて走った

日曜日でもあり地元の医院は休みで、救急で総合病院へ行った

間が悪いことに、そこへ救急車の患者が入ってきて「これは救急が優先だから30分以上待たされるぞ」

なんということだろう、救急で運ばれてきたのは同じ町内に住む親せきだった

思った通り30分くらい待たされて、ようやく番が来た

担当医は歩くのもままならない高齢の医師で、イラつくほど時間がかかったそうだ

点滴を受けたがそれも随分と時間がかかったそうで、自分でやろうかと思ったくらいゆっくりな動作、(こりゃ見たことが無い先生だからきっと臨終まじかな患者の病棟の担当医だな)と思ったようだ、地方病院の医師不足もここまで来ている

軟膏をもらって帰宅したが、翌日また気分が悪くなり再び病院へ行ったら、点滴入院になった

今は治ったようだが、今朝わがやの畑にもスズメバチが飛んでいる、防虫窓のこっちにいるから大丈夫だが、何度も近づいて威嚇していく

サルスベリやクロガネモチなど蜜のある花にミツバチ、クマ蜂、スズメバチが来ていたが、スズメバチの狙いは蜜では無くてミツバチだそうだ、獰猛なスズメバチには要注意だ

甥も一匹だけで助かったと言っていた、二匹も三匹も刺されたら死んでたかもしれない

危険はすぐそこにある、田舎住まいの皆さんもご注意を。

 

yottin1192iso.hatenablog.jp

怖い話 世界統一、人類滅亡

 6月からずっと雨が降らないと嘆いていた毎日、一転して雨の毎日です

ところによっては災害級の大雨になったところもあります

新潟県でも下越地方(新潟市から北部、山形県県境まで)と佐渡が警報級の大雨

1か0かしかないここ10数年の気候、季節も夏か冬かしかないような感じになっています

一番過ごしやすい春と秋の季節が夏と冬に侵略されているように感じます。

 

 まもなく終戦記念日の8月15日がやってきます、その前に人類史上初の、人間が住む大都市に原子爆弾が落とされた8月6日、8月9日、広島市長崎市

二つの都市で一瞬にして町が消え、20数万人の市民が死んだアメリカによる原爆投下

アメリカはあの最悪の兵器で日本を降伏させ、アメリカと対等な権利を有する気分でいたソビエト連邦(ロシア)に対しても優位性を示して、戦後の日本分割について口を塞いだ。

 

 歴史はさまざまな事象を経て今につながる、「原因、経過、結論、その後」

済んでしまった歴史は元には戻らない、亡くなった人も生き返らない、過去を悔やんでもどうにもならないし、過去を作った人々を現代の人が攻め立てても戦争前には戻らない、大事なのは現在と未来、これを変える、維持することはできる。

 

 戦争をしない、世界が非武装になる、これがもっともたいせつなことであり、戦争のない世界が理想世界なのだ

けれども一国だけが「戦争しません、武器も軍隊ももちません」と言ったとところで、他国が「外国は信じられない、過去に我が国が蹂躙された、戦争はしないがいつ外国が攻めてきても対抗できるように軍隊と武器は常備しておく」まして核武装となれば

そしてそういった武装国家が隣国の政治や体制が気に入らないと攻め込んだり、一方的な破壊行為、虐殺をしてるのを見ると、非武装でよいのかと考える人も当然出てくる

のび太素手ジャイアンに喧嘩で勝てるわけがない、だがのび太が鉄砲を持っていれば体に触れずにジャイアンを打ち倒すことができる

そうなれば弱いのび太が相手でも、ジャイアンも鉄砲を持たなければのび太に勝てないと知るだろう

そしてのび太に「おれも鉄砲を捨てるから、おまえも捨てろよ」と言う

のび太は考える(これでジャイアンと対等になれる、喧嘩をやめるのは良いことだ)と思って鉄砲を捨てようとするが(まてよ、どっちも素手になれば、いつまたジャイアンが殴りかかってくるかわかったもんじゃない、素手なら100%負けてしまう)

こうした疑心暗鬼がのび太の手から鉄砲を離さない理由になる。

 

イスラエルに一方的に攻めこまれて無抵抗のまま餓死や殺されているパレスチナ

あれを見ると戦う力、抵抗する力がない国が悲惨な目に合うことを知る

イスラエルを構成するユダヤ人もまた第二次大戦では国家を持たず、欧米中心に住んでいたがヒットラーナチスドイツによって無抵抗で600万人が惨殺された

そうした迫害された被害者の歴史を持つイスラエルが今は逆に、無抵抗のパレスチナ人を理由をつけて殺し続けている

人間の愚かさを感じずにはいられない、「おろかさ」と言うが、人類はまだ他を批判したり導いたりする公平で正しい裁判能力を持っていない

自分中心に考え、自分に都合が良い結論を導く、弱い国を強い国が支配する、弱肉強食の動物の世界と何ら変わりない

今は中国、アメリカ、ロシア、EUの4つの国が世界支配にもっとも近い国だ

いずれも単独で戦わず同盟国を募る、ロシアが昔の強大なソビエト連邦に戻り、その主となって威を張ろうとしている第一歩がウクライナ侵攻だ

EU加盟を言うウクライナを助けようとするEUアメリカもウクライナが陣営に入ることは勢力を伸ばす機会だから援助を惜しまない

これからも世界は大国の力が巨大になったり衰退するたびに戦争が起きて行くだろう。

 

 戦争がいつ無くなるかは想像できる、それは日本の歴史を振り返れば良い

藤原と蘇我の権力争いの末、藤原が勝って朝廷権力を独占して500年の栄華と平和を誇った、飛鳥、奈良、平安の時代

やがて平氏、源氏の力が藤原氏にとって代わり、ついに源平の頂上決戦、源氏が勝利して源氏、北条氏と続く100年の平和、そのあと最悪の250年の戦国時代が続き

日本中が市町村、都道府県単位で戦いの毎日

200年後、織田、毛利、北条、武田、上杉、今川、島津、徳川、長曾我部、大友、朝倉、伊達が勝ち残り、最後に織田を継いだ豊臣と、対抗する徳川の二つによる決勝戦となった、そして1615年徳川家康が日本を平定、そして260年の日本の平和が訪れた

しかし200年前になると欧米諸国が東アジアにも進出してアジア最強最大の国、清国(中国)を侵略した、そして日本にも開国せよと砲艦外交で脅して開国させた

この時点で日本の江戸時代の260年の平和は破られた

日本に歴史上初めてのクーデター戦争が起きて徳川幕府は滅び、明治新政府が生まれる

ここから日本は戦争漬けの80年戦争時代に突入

欧州強国(英、仏)の仲間に入り清国、朝鮮、台湾に権益を得る、世界最強のロシアとも戦って薄氷の勝利を得て、樺太、千島列島を得て侵略国家の仲間入り

第一次大戦では英仏に味方してドイツを破り、さらに南太平洋に領土を拡大、これが史上最大の領土を得た大日本帝国

 

その後は軍事大国を自認して過信した軍人は、もはや欧米の力借りずとも日本は単独でアジア支配できると、豊臣秀吉以来のアジアの盟主思想に酔う

そして中国を北から襲い、満州帝国を世界の承認を得ずに作り上げて背後から操った

同じようにアジアを侵略してきたアメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ソビエト、などの強国は新興国日本の性急な拡大に脅威を覚えて、今のうちに芽を摘まないとアジアの権益を失うと焦った

そして様々な圧力をかけたり、懐柔をはかったりしてきたが、ついには現在欧米が北朝鮮やロシアにやってるのと同じ、経済封鎖をかけてきた

現在の北朝鮮はロシアや中国とつながっているから、国民の犠牲は多いが、何とか国を維持している、ところが当時の日本は周囲がすべて敵国、同盟国のドイツ、イタリアははるか遠くのヨーロッパで、石油、ゴムなど経済、軍事に必要な物資が経済封鎖で完全に止められてしまった、これでは戦争も継続できない

せっかく手に入れた満州、中国北部を手放したくない、軍はイケイケムード、国民も日清戦争日露戦争、対中戦争に相次いで勝利した日本を世界最強国と信じて、これまたイケイケムード、新聞報道もイケイケムード

ついにゴムと石油を求めて大日本帝国は欧米中を相手の三方面戦争を始めた

そして原爆2発で広島、長崎消滅、国内の主要都市の大部分を爆撃で壊滅的被害を受けて降伏した。

 

こうして今は、先述したアメリカ、ロシア、EUNATO)、中国の四か国が世界支配をねらって勝ち残った。

 

徳川家康が戦国時代を勝ち抜けて日本に平和をもたらしたように、世界平和が訪れるには、バベルの塔建設以来、神の怒りに触れて直接言葉も通じない様々な民族の話し合いより、戦争で地球の支配者を決めるほうが現実的だろう

勝ち抜けた一国が世界支配の政治体制を作り、世界を平和統治する

支配も豊臣秀吉の失敗例もあるが

 

世界統一は徳川家康が日本を統一したのとはわけが違う、領土規模が違う、武器兵器が違う、おそらく核も使われる、下手をすれば人類も動植物も98%が滅ぶだろう

わずかに放射能の影響が少ない場所に息をひそめたもの、放射能に同化したもの、放射能や高熱に対応できたもの

酸素も燃え尽きるかもしれない、酸素が無くても生きられるなにか?

磁力が消え、あらゆる宇宙の放射線が降り注ぐ、大気圏が消え砂粒くらいの細かな隕石も降り注ぐ、海水はすべて宇宙に消え去り魚も消える

地球表面に立つすべての生物は宇宙に吸い込まれて行く

恐竜が隕石衝突で滅んだようなことが、その数万倍の規模でおこるだろう

勝利する国もないかもしれない、地球が復活するのに何億年もかかるかもしれない

それでも用意周到に生き延びる国家があるかもしれない、しかし生き延びるだけでは世界平和は来ない、最強の国家が残らなければ平和は来ない

でも生き延びた人類が手を組んで一つの地球人を認識したなら人類史上初めての世界平和はやってくるだろう。

 

だが、見えぬところから想像もできない抗放射能生物が誕生して、生き残った人類を食料にするかもしれない、あるいは殺人ウィルスの誕生

いずれにしても愚かな知恵も持たない人間は、身の丈に合わない神の武器を手に入れた

猿に機関銃を持たせたようなものだ、人類滅亡には十分な条件が整った

 

AIの進歩によって確実にターミネーターの世界も現実性を帯びてきた、人類が機械に滅ぼされる、機械が世界を支配するそれもありかもしれない

いよいよ人類に残された時間は1秒を切る

靖国参拝」がどうのなんて言い争っている余裕が人類にあるのか?

 

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現在の生き方

 今気になっていることは、「対米、対中、対英戦争終結80年」「コロナ感染が増えてきた」「ガソリン、米が高値安定」「ジュラシックワールド最新作」「涼しくなって家の中のあれこれ片付け」「秋、春野菜」「家の中の修理、修繕、DIY」「ドジャースの試合と大谷、山本の登板日」「たまったデジタル写真の整理と削除」「父母が残した写真アルバムの整理と保管と廃棄」こんなところ、いくつかはブログネタになるだろう。

 

 6日から7日にかけて結構な雨が降り、今日も夜中から夕方近くまで降ったので、急に涼しくなってエアコンも必要なくなってきた、ただ湿度が上がったので除湿機能は使う

あとはお盆を乗り越えれば、もう秋が見えてくるのではないだろうか

お盆は14日に共同墓地の合同慰霊祭、16日には住職が家に来て読経していただく

話好きな住職は読経の後はいつも1時間以上お茶を飲み、女房殿のお手製のケーキを食べて「店を出したらいいよ」と毎回同じお世辞を言って行く

なのでお土産は手製のケーキ。

 

盆が過ぎればいよいよ病院で検査の日が来る、今回は血液検査だけだ

市の検診の結果も盆明けには来そうだ、そして月末はグループで海岸清掃をする

あとは信州ドライブと映画「ジュラシックワールド」を見に行く予定だ

それ以外の日は涼しくなったから、家の中の整理整頓、不用品の始末

この頃は一日が早く過ぎていく、朝は5時起きから6時半起きに変化しつつある

朝の訪れが遅くなってきたからだ

もっとも夜中の3時に目が覚めると3回に1回は眠れなくなって起きてしまうから、かなり不規則ではある

まあ眠くなればソファでもベッドでも机に座ったままでも仮眠してしまうし、昼寝も1日おきくらいでしている

仕事を辞めてからは本当にお気楽な生活になった、暇なしの現役時代だったから、それを取り返さなくちゃね。