森林、山岳を抱える地域で熊による人間の被害が近年続出している
それは山に限らず、町の中でも発生している
見逃せないのは死者が出ていることだ、当然けが人はその何倍か出ている。
なぜクマが町まで下りてきて人を襲うのか、まずはそこだろう
今の人間は8割が大都市で暮らす、田舎暮らしを知らない
熊がどうこうでああすればよいと都会思考で考えるが、人間と野生動物との共生の姿など全く知っちゃあいない、根本的な問題はここにある
一言で言うなら「人間の近代化、感情のないロボット化」だ、自然界で暮らした野生の人間からAIだITだSNSだの、全く違う人間が誕生した
少し山に入れば廃村が目立つ、私が生まれてから廃村になったところはいくらでもある、みんな人が住み、野生動物と共存していた
田や畑を耕し、祭りをしていた、学校もあって生徒が100人近くいた、私も若いころそんな片道30分以上かかる山道を各集落へ料理を配達に行った、結婚式も家でやっていて村中総出でその家に集まって手伝い、祝った、父は泊まり込みでその家に行って婚礼料理を作り「料理人さん」と重宝された
私も法事の家で半日料理番をしたことがある、
あの頃は山深い集落に行ってもクマやイノシシの心配などしたことがなかった
おそらく住民と動物はバランスよく暮らしていたはずだ、農作物の余りや収穫後に残った根っこや、作物の残りを野生動物がいただくという自然の営み、山の管理もしっかりと行い雑草を取り、植林や伐採を繰り返した
山には栗、どんぐり、柿、人間が捕りきれないほどになっていて動物の暮らしをも支えていた
暗黙の了解が住民と動物の間で成立していたし人間も動物もストレスなく優しかったんだと思う
そうでなければ5㎞の山道を背中に魚の入った缶を背負って標高500mの集落まで毎日歩いて通った父はクマに襲われたであろう
それが無事だったのは住民と動物の間に信頼関係があったからだ
つかず離れずの距離で住民と動物は平和に暮らしていた
今はその谷筋にあった5つの集落はすべて無人になった、もし熊のDNAに山の住民との蜜月の記憶があって、山に餌が無いから人間の近くにいけば収穫のおこぼれがあると本能で出てきたとしたら
ところがコンクリートジャングルには意思が通じていた優しい農業者はいない、ゴミ捨て場で食い物のカスを見つけて漁る
人が騒ぐ、パニックになった熊が暴れる、人間はヒステリックに騒ぐ
今は人間と野生動物がお互いが疑心暗鬼になって敵対している、熊ばかりが悪いと言えるだろうか、地域格差、収入格差があらわれ農業、林業で生活ができなくなり、子供たちは中学校を卒業すると工場労働者として田舎を離れていく、昭和の山村の暮らしは消え去った
自然界に迷惑かけた人間は考え直すところに来ているのではないか
でもそれはできない相談、肉体労働者が軽視され、大都市にAI人間が殺到する今の時代、とても野生動物との共存は無理だろう。
ここまでは私論、以下は一般論
今、世論は分かれている、「熊を殺すな」と言う声、「熊を駆除しろ」と言う声
クマによる被害地域は、人間が暮らす地域、野生動物が暮らす自然の中、この二つだ
銀座や道頓堀でクマが出たと言う話は聞かない
自然の中でクマに出会うことは当たり前で、そこは彼らの住居だから、人間の方が覚悟を決めて行くしかない
問題は市内、集落など人間居住区だ、なぜここにクマが出てくるのだろう
最大の仮説は「山に餌が無い」クマなど野生生物の死活問題だ
あるいは「登山者などが捨てて行った食品やその食べ残しなどを食べたクマが学習して、町場のごみを求めてやってくる」
熊が人間を襲うのはなぜか、「侵入者を排除するため」「出会いがしら」「人間を他の小動物同様に餌として襲う」三番目がもっとも危惧される「人食い熊」
北海道などで過去に起こっているようだが、これまでは特殊な熊とされていた
それが日常化すれば、大いなる脅威だ。
熊がイラついているのではないかと思う、熊ばかりがクローズアップされるが、イノシシ、シカ、キツネにタヌキ、ウサギ、リスだって山の中で食い物に苦労しているかもしれない。
近年の異常な気候は確実に実をつける樹木に影響しているはず、家庭菜園でも今年はものによっては不作だ
他のブログで見たが、ソーラパネルが山間部に数多く設置されて、それが野生動物にストレスを与えているという説
ゴルフ場、リゾート、工場などの乱開発、スーパー林道、高速道などによる山間地の森の分断
管理者が居なくて放置されて荒れ放題になった山林
観光客の増大で自然の中に踏み込む人間たち、これらはすべて野生動物のストレスになっているはずだ
「熊を殺すな」と言う人は、そんな人間の身勝手を憂慮して言っている
「熊を駆除しろ」とはクマが出没する脅威にさらされている住民
安全な都市部の会社にいて、自然開発を推進している人たちは何も言わない
自然開発も経済活動、経済活動は国を支える重要な柱、政府だって「それだめ」とは言えないし、野生動物より人間の味方なのは間違いない。
私はと言えば、駆除される野生動物は可哀そうだと思う、反面、夕方の散歩は次第に不安が付きまとうようになってきた
市の面積の98%くらいが山間部のわが町でも、いのしし、熊、シカ、サルなどの姿は日常的にみられる、だが熊が人間集落で悪さをした話は聞かない
猟師が山に入って熊撃ちをして、それをみんなで食べたと言う話は時々聞く
我が町ではまだ人間の方が熊を食べる優位に立っている
それは昔から人間と野生動物の営みで、自然界のバランスを保っていたと思われる
自然界のバランスを開発ということが壊していることは否めない
野生動物がどんどん減った山にどんな影響が出てくるのか、それが人間社会にどう影響するのか
いまや山は放置されて、蔦が絡み合い、杉やブナの森がジャングル化している
これも自然のサイクルの一環だとしたら、人間が騒ぎ立てることでもない
自然界は人間が思うほどやわではない、いつか動物を含めた自然の反撃が人間界を襲ってくるかもしれない
土砂崩れ、土石流、森林大火災、河川の氾濫、熊の人間襲撃、もう自然の反撃は始まったのかもしれない。
日本中に張り巡らされたコンクリートの建造物、高速道、鉄道、建物、ソーラパネル、原発、日本人が半分になった時、それを維持できるのだろうか
高度成長の残骸が日本のいたるところに出現する、すでに空き家問題が現実として発生している、町の30%が空き家になったら町の姿はどうなるか
大都市だって人口が減れば空きビル問題が発生するだろう、田舎の温泉場、山の中の廃村、有名温泉街でさえゴーストタウン化しているし、地方のシャッター通り商店街はもう珍しくない
我が町も昭和30年頃と比べれば人口は半分になった、それも近隣町村と合併してのこと
純粋に中心市街地だけを見れば3分の1くらいになっているかもしれない。












