2024-08-01から1ヶ月間の記事一覧
昨日は8月に入って初めてと言ってよい一日中降り続いた雨、それでも50ミリくらいだからちょっと降ったかな程度今日は朝から台風の先触れなのか激しい雨になった、このまま降り続けるかと思ったが、昼からはからりと上がってしまい、夕方には青空と入道雲久し…
天下は群雄が割拠して互いに争い、中でも東に北条早雲、今川義元、上杉憲政、織田上総介、西に大内義興、尼子、大友、島津、竜造寺の諸大将武威を轟かして隣国を併呑する。中にも武田大膳大夫晴信は、智勇兼備の名将なれば甲州一国に満足するわけもなく、諏…
*朝の目覚めが快適な時*寝たい時間を寝ていることができるしあわせ*ドライバーとしてドライブしている時*時間を自分の思う通りに過ごせること*友人と楽しく語り過ごすとき*兄弟、家族と和気あいあいに過ごすとき*同じ目的の仲間と一緒に行動している…
晴信は越後勢が撤退した後も小室にて陣を構えて滞在したその陣営に甲州より使者がやって来て申すには、敵対する信濃国伊奈の保科弾正忠の抑えとして置いた、秋山伯耆守晴近勢が保科勢と戦い、騎馬武者十七騎、雑兵二十七人の首を取り、三千貫の土地を切り取…
人生初の手術が74歳とは、それだけ健康に過ごしてこられたと言うことで、ありがたいのだけれど、入院前と入院中と退院後では、ずいぶん心持が変わった。人生感が変わったともいえるが、入院前の心持が思い出せないくらい遠い過去に思える。たしか、あの頃は…
翌日、晴信は、加藤駿河守、山本勘助、原美濃守、小幡織部正を呼び、景虎の武勇、軍術の程を尋ねた。山本勘助は「景虎の昨日の軍立てを見るに、若大将と言えども噂通りの智勇兼備の名将と存じます此度は六千の兵を率いてわが一万五千より不利なることを察し…
今朝はいつもとは違う秋らしい朝だった空の色も秋色で、風も涼やか、それはいつもなら畑作業では汗ばむ午前6時半になっても汗もかかず、とうとうキューリとトマトの枝及び、支え棒を処理したこれで畑はナスの二株と地面を這っているスイカの蔓と葉ばかりにな…
使い番のむかで衆12騎が先陣に 走り去るを見て、本陣の 武者たちはもちろん 使い番の輩も、 今や激しく戦の真っ最中に大将 命によって軍を 多少なりとも 引き上げさせるとは いかなることかと 皆 訝しがった。 この時 越後の大将 長尾景虎は 旗本を率いて晴…
両軍の先鋒、死を顧みず 戦うほどに 双方の 手負い 死人 その数を知らず 中にも 武田方に 塩尻 五郎左衛門 の 弟 塩尻豊後 無双の勇士也直江山城守の勢の中に 一文字に切りかかり 当たるを幸いに打ち回る直江の兵 これを取り囲み 四方から 打ちかかるが 塩尻…
日本国の凡そ1500年の歴史を見ていくと、海の波の如く動乱と平和が繰り返されているのがわかる太古の事は古い書物でしかわからないが、実否あれども、それに従うしかないが、大化の改新までは帝の強権の時代で治まっていたかと思われ、大化の改新は最初の動…
海野平に着陣した長尾景虎は宇佐美駿河守と軍議を行い、備えを龍の丸備えとして、先陣には長尾越前守政景、(景虎の姉婿)、吉江織部、同備中守、佐々佐渡守、中条梅坡斎、二の備えには柿崎和泉守景家、直江山城守兼続、大関阿波守親益、柴田、芋川、安田上…
今日は実に一か月ぶりに、日中雨らしい雨が降ったそれに加えて雷も鳴り、ずいぶん近いところに二発も落ちて地響きがした遥か昔、家の近くに雷が落ちて、電線に入って走り、50mほど下の家の中に入り込んでテレビを破壊したあれがずっと頭にあって、雷が近い…
長尾景虎が軍を整え、信州に侵入して戦を始めたことは次々と甲府に伝えられた、武田晴信もこれまでとは違う新たなる大敵を認め、急ぎ軍を整えて北信濃へと発向する。十二日には甲府を発ち、十六日には信州小室に至る、十九日には一戦交えんと海野平に陣を敷…
今頃になってパリオリンピックってどうかと思うが、全然期間中は触れなかったので書いてみる。私の周囲ではあまり話題に出なかったパリオリンピック、女房殿がやたら見ていてバレーボール、卓球、柔道に目を凝らしていたのが不思議で印象的だった。テレビ画…
今日この日、この時間に生きていてプロスポーツの歴史に残る大記録達成を見ることが出来た、それもMLBで日本人が達成した大記録100年を遥かに超えるMLB史でも僅か5人しか達成できなかった40本塁打40盗塁の記録を、大谷が同日同試合の中で同時達成、しかも9回…
上田原の戦に敗れて退いた村上義清は、退路を断たれて城に入ることが出来ずそのまま峠を越えて山中に入り、北を目指して越後に落ち延び越後府内に入り、長尾景虎に対面した義清は「某は十年にわたり武田家と戦いを重ねてきたが、去る二十四日上田原の一戦で…
昨日わが町は、この夏最高気温を記録した36度に近かった、そして今日はもっと暑いとの予報だったが、やはり暑い暑くて何もできないから家ごもりだ、それでも今日はドジャースの試合が無かったので病院へ行く気になった水曜日午前に皮膚科へ行ったら午後から…
(yottin評 武田晴信(後の信玄は甲斐(山梨)の守護大名で、長野県を佐久地方から侵略して、中山道も北上して諏訪を攻め滅ぼし、佐久からは上田地方を狙って、信州でも一二の豪族、村上義清と上田で戦いを始めた諏訪からは塩尻峠を越えて松本平を狙っている…
この夏は大腸の事が心配で、好物もかなり我慢している特に消化が悪いものや、腹にたまるもの、刺激が強いものを我慢して食べないトウモロコシを蒸したり焼いたりして食べるのが好きだが、これも今年は我慢枝豆もせいぜい10個以内で我慢している納豆だって大…
時は天文16年 8月24日辰の刻、 両軍は 互いに鬨を上げ、弓 鉄砲の打ち合うこと 激しく 矢玉は 雨の降るごとく、 顔を上げることもできないそのような時 武田勢の中より曲淵正左衛門、 三科肥前守、 広瀬郷左衛門ら勇士一番に槍を上げて、真一文字に突入する…
信州 猿が馬場 峠の 浦野城主 浦野民部允は 、村上に属していたが密かに信州 内山城の武田の重臣、飫富兵部少輔虎昌に内通し「晴信君が当国に出馬されるなら お味方に参ります」と伝えた 晴信は碓氷峠合戦の時に、同年8月2日 晴信は甲府を発ち同月6日に、上…
今日から 第3回目の 抗がん剤治療が始まる、 治療室に入ったら 私よりちょっと年上に見える色の 黒い おばちゃんが いた、 そして 独り言のように「 この部屋に来るようになればもうおしまいだ な」などと言っているベッドが10台横並びだ、時間がかかるから…
武田大膳大夫晴信は去年、村上義清と小県郡戸石の合戦(初編に記す)に武田方の危うきところを山本勘助晴幸の策略で逃れた上に勝利を得たことを、摩利支天の再来と褒め讃えた。天文十六年二月十五日、八幡宮に社参して回廊にて晴信と勘助は孫子の五事七計、…
今日もまた朝から暑い日差しだった第二クールも今日で終わり、明日から第三クールに入り、明日は抗がん剤点滴の日になる今日までの一週間は抗がん剤の休養日だったので、まだ一回しか行っていない歯科に行って、二回目の治療を受けた一回目は前に書いたが、…
信州に於いては、甲斐から信州を侵した武田大膳大夫晴信と信州の有力豪族、村上左衛門義清の合戦が止むことなかった。武田晴信より信州佐久郡岩尾の城を預かる真田弾正忠幸隆は、天文十五年十一月、板垣駿河守、飫富兵部少輔、小山田備中守を岩尾に招き、「…
人生は早く流れて短い年月だと思うようになったのは、この頃気が付けば74歳、ついこの前、古希だ70歳だと言ってたのに、もう70代半ばに差し掛かっている何といってもコロナ騒動が、我々の人生を意味のない無駄遣いさせたあれに気をとられているうちに貴重な…
長尾の旗下、竹俣三河守、士であったとき一つの名刀を得たこれを竹俣長光、または小豆長光(あずきながみつ)と言うこの名刀の出自は越後の国の百姓の家に代々伝わるものであった、当の百姓、これを大事にもせず常に山に入る時、里に出る時も腰に差して出た…
ドジャースが5連勝のあと、ピシッとしない昨日はハドソンがリードの終盤に逆転されて負け、今日は最近調子が良いバンダがリードの6回に1点差まで追い上げられたベッツが戻って打線に活気が出て、下位打線も打ち出したのに投手陣がふがいない真っ向勝負で 打…
直江山城守は己の勢から二百余人を選り、間道から城の搦め手に至って攻め込む作戦に切り替えた。山城守はかっては、この城への出入りをしていたことがあり、勝手知ったるであった搦め手に至るには険峻な道なき崖をよじ登っていくしかない、岩を伝い谷を巡り…
この頃、昼食は麺類+ハムとトマトのチーズトーストがマイブームだパンもあまり好きでない、トマトもそれほどでもないが、チーズトーストにして焼きたてを食べると香ばしくてたまらない、麺の他に薄い食パン2枚、まだ当分は続きそうだ。手術不可能なガンと戦…