神様がくれた休日

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芽キャベツと蝶とねこ親分と

 今日も蒸し暑くて花と野菜を1時間ほどかまっているだけで汗をかいた。

防鳥ネットの中でモンシロチョウが孵化するので、毎日確認するのが仕事になった。

去年鉢植えで芽キャベツを3株、直植えで畑に2株、鉢植えは家の中で冬を越し、畑のはたいして育たないうちに40㎝の雪の下になってしまった。

しかし春になってみると、畑の貧弱な方がどんどん伸びだして、鉢植えの倍以上になった、葉も全然大きさが違う。

急いで鉢植えも畑に植え替えたが2株はぜんぜん育たない、1株だけひょろひょろと背丈だけが伸びた。

直植えはその後、どんどん育って葉も30枚くらいまで増えて、背丈も1mを越えた

鉢植えは2株はダメになって除去、ヒョロヒョロは、葉が小さいままなんと黄色い花が沢山咲いて菜の花になった。 こんなことってあるんだろうか?、はじめてなのでわからない。

 

 もう一つの問題は油断して風を入れると、毎日防鳥ネット(一部防虫ネット)を空けていたために芽キャベツ大好きのモンシロチョウが入り込んで、卵を産んだらしい。

青虫を4匹発見して初めて知った。 その件は前に書いた。

温かくなって、蝶が孵化してネットの中を飛んでいる、それを外に出してやるのが仕事。

最初は駆除か育てるかで悩んでいたが、芽キャベツを犠牲にして蝶を育てることに決めたのは半月前くらい。

しかし芽キャベツはすくすくと大きくなっているので、5匹や10匹の青虫くらいでは芯を食われなければ大丈夫そうだ。

痛恨はあった、最初に外に出した青虫が萎れた葉の中でサナギのまま死んだこと、その次は間違ってサナギがついている葉を切ってしまったこと、最後は孵化して蝶になったのに夕方まで私は帰宅せず、戻ってきたら小雨のネットの中で消耗して飛べなかったのを保護してサンルームに入れて一晩おいといたが、翌朝レールにおちて虫の息になっていた。 半日介抱して少しだけ羽が動いたが、とうとう死んだ

陽が差しているうちに戻れば外に飛ばせたのにと悔やまれた。

蝶の命は成蝶になってわずか一週間だという、その間につがいになって卵を産んで次世代を残すのだと言う、思えばはかない命なのである。

この三件が痛恨事で、もう同じ思いは嫌なので、毎日数回ネットを見回っている、それで4頭が大空に飛び立った、そして今日はもういないだろうと思ったのに何と3頭も孵化してネットの中で出口をさがしていた。

それも全部外に出してやった。 あといくつ育つのか? 蝶は年に何度も卵を産むらしい、もう油断してネットの中にはいれない

そして芽キャベツやキャベツは作らない、こう決めた。 葉野菜は作らない。

 

朝方、洗面所に居たら窓の外にねこ親分がゆったりと歩いてきて、私を見つけて立ち止まり、30秒ほど互いに顔を見つめ合っていた。

女房殿が来たら、物音でそこから歩いて消えた。

 

 

ねこ親分、今日は何ですかい?

 わが家の向かいの空き家の庇に飛び乗って、世間を見渡していた、ねこ親分

今度は立ち上がって、屋根に上るのか? 目的がわかりません。

何度も挑戦したけれどうまくいかない、結局登って来た塀に飛び移って道路に降りて、どこかへ行ってしまいました。

ねこ親分、屋根に上って何をしたかったのでしょうね。

 

 

ねこ親分

yottin1192iso.hatenablog.jp

 一か月前、散歩中に見つけた。 田んぼのあぜ道でなんだか腹を減らしてバテているように見えた。

家から望遠で写真を撮ったら、けっこう良い体格をしていた。

ネコカフェのマスターに「この猫、知ってる?」と聞いたら、「ああ、ミソですね」と言った。

「ミソ?」「ええ、家の店に来た三十番目のネコだから」

「なるほど、ところでオスかね、メスかね?」

「ミソは、ゆきおの一番新しい彼女だからメスですね」

「じゃあ、ジュリーはどうした?」

「ジュリーは最近みないですねえ」「ふ~ん」

 

ミソは我が家の裏手20mくらいの一帯が住み家らしいが、最近はわが町内を縄張りにしている。

ゆきおは、我が家のカートが、この辺りを縄張りにしていた猫を追い払って、新たなボスになった。 その後一度防衛戦で勝ったが、そのあと、このゆきおと戦って敗れて縄張りを失った。

私が保護した母子猫3匹も、ゆきおの彼女だったのだ。

 

ミソは、この頃、かってカートが動き回っていた範囲を同じように動いている。

先日は草を食べていた。 夕方には私の庭畑の通路を巡回してくる、だいたい午後5時前後だ、なかなかの貫禄で、はたしてメスなのか疑問だ。

ゆきおを最近見ないので、もしかしたら、ゆきおを破った新チャンピオンではないかと思ったりする。 マスターは「ミソ」と名付けたが、私は「ねこ親分」と呼んでいる

近いうちにコーヒーを飲みに出かけて、マスターとこの一件を話したいと思っている。

 

庭の花 

yottin1192iso.hatenablog.jp

 

ネモフィラが増殖中

 

息子が女房殿の誕生祝に買ってくれたカーネーションを植えかえしました。

こちらも増殖開花中

 

つつじも増えすぎたので切って活けました(ただ投げ入れただけ)

 

わが家のカートに代わって、最近この辺りを縄張りにしている「ミソ」(ネコカフェのマスターがつけた名前) 毎日町内をパトロール、我が家の庭も巡回路らしい。

 

 

ネコの日の出来事 

 昨日、農道を散歩していたら三毛猫が土手の草むらにへばったような格好でダラーッとへばりついて動かない、腹が減って動けないのかと思ったが、どうすることもできないから通り過ぎた。

土手の上の田にはカラスが二羽、何かをついばんでいたので、ネコがカラスを狙っているのか、カラスからネコが隠れているのか・・・どちらでもない気がするが。

 

今日も同じ場所を歩いてきたら、むこうから軽自動車が走って来た

私との距離が10mもないところで、昨日の三毛猫が突然クルマの前に飛び出した

私は思わず。「あぶない」と叫んだ

車は急ブレーキで間一髪で停まり、ネコは脱兎のごとく向かい側の家の門の中に走りこんでから、こっち見ている

運転手も驚いただろう、中年女性だった、ひかなくって良かった

ネコの日にネコがはねられるのは見たくない。

 

首輪をしていないから野良猫なのか、それとも門の家の飼い猫なのか

昨日も今日も同じ場所にいたから気になる。

わが家の歴代のネコとイヌの写真の古いのが続々発見されて、大きなパネルに全部貼って飾ろうと思っている

一昨日、小学校の卒業アルバムを発見、いらないゴミの中に入っていたのを見つけて持って来た、中身を見たらそこには最初のネコとイヌの写真も貼ってあった

いままで未発見だったから、一度に2匹の写真発見、昭和37年の写真だった。

これで歴代のイヌ、ネコの写真が揃った。

 

 

 

森利右衛門五代記125 軍隊編 昭和19年

*今回から「軍隊編」に入る

 

 調布の高射砲隊に配属された。

 連隊長は大嶋中佐、かずが所属する大隊長は倉橋少佐、直属の中隊長は北作中尉である。

宿舎は東西、南北の道路と小川に囲まれた平地にあり、かずたち兵隊が寝起きする中隊兵舎二棟を真ん中にして、その左右に大隊本部や中隊長、幹部の兵舎がある

士官以上は個室だが、ヒラの兵隊は中央通路を挟んで左右にずらっと板張り床が連なる上に寝具(などというものではない)を引いてそこで寝る。

 

 入隊2日目から軍隊名物の鉄拳制裁の嵐が、かずたち新兵を待っていた。

とにかく軍隊の第一歩は殴られることから始まるらしい。

明治初期につくられたという「軍人勅諭」には上官の命令には絶対服従ととれる一文があり、意味をはき違える上官が初年兵に鉄拳制裁をふるって精神力の強い兵を作っていると錯覚する、ほとんどは連日のストレスからくる憂さ晴らしか暇つぶしであろう。

 

だが日本軍を破ったアメリカ軍は日本以上に部下に対して鉄拳制裁をふるったのだろうか、殴って兵が強くなるのなら、アメリカ兵は日本兵以上に部下に暴力をふるったことになる、だがアメリカ兵の手記など読んでも個人的な好き嫌いは別として、日本軍のように日常的に行っている風には見えないから、戦争の勝ち負けは殴られた数で決まるわけではあるまいが、日本人は「精神力と根性」の信奉者なのだろう。

 

ともあれ、新兵のかずも例外なく毎日殴られた、それも二等兵だった半年間ずっと。

「軍人勅諭」の影響を受けて、厭戦気分に陥りかけている国民を正す為に東条英機総理が発案したと言われる「戦陣訓」、あの「死んで虜囚の辱めを受けることなかれ」という、捕虜になる前に自決せよというあれだ、それを暗唱できないと言って殴られ、整列が遅いと殴られ、姿勢が悪い、声が小さい、何かが無くなった、服装が乱れていると何かにつけて殴られる

気が短いかずは今にも上官を殴りつけたい衝動にかられた、しかし軍隊すべてを敵に回すようなものだし、上官に歯向かえばそれは規律違反で、たちまち営巣に収監されてしまう。

とにかく我慢するしかないのだ。

 

 高射砲訓練が行われる、一門の高射砲を操るのに兵隊8人がかりである、砲の射手、方向距離を計算する者、弾を運ぶもの、照準を合わせる者などが必要だ

いまだ敵機が上空にも東京にも飛んできてはいないが、昭和17年に一度奇襲を受けているから油断できない。

日本軍はすでに中国、ハワイなどを爆撃しているから爆撃機の怖さはわかっている。

 

1か月の戦闘訓練が終わり、新兵の適正を考慮してそれぞれの配置部署が決められた

高射砲隊に配備されるもの、中隊本部に配属されるもの、炊事班、被服の管理をする者、食料の管理、経理など様々だ

特殊技能を持つ者は、それに適した部署に配置される、 かずは無線を一年習ったおかげで通信兵に配属された、だが無線班は部隊初めての試みで実戦配備の前に1か月間実戦向きの教育を受けることになった。

去年までは教育期間が3か月とされていたが、兵隊不足の今はそんな悠長なことを言っている間が無い、かずは戦闘訓練、無線教育の2か月で戦線に配備される。

 

 連隊本部は成城学園にある、そこで無線通信の訓練を受けることになった

宿舎は千歳である、千歳には第一大隊の高射砲第二中隊がある、そこの宿舎で寝泊まりした、ここで昼飯を飯盒に詰めてもらい成城へ歩いて通った。

調布を離れて1か月は殴られずにすみそうだ。

講師は女学校の教師だったという中尉が担当した、無線技術やラジオの初歩の実践、機械の仕組みなどを学んだ、学ぶ初年兵はかずを含めて7名いた。

 

 ここに来て2週間ほど経った頃、珍しい人が、かずに面会に来た

それは福島の三春の渡瀬光雄だった、母の腹違いの弟だ(渡瀬三五郎の息子)、光雄が中国の南京攻略の後、凱旋帰国したとき、母と上野駅へ会いに行った以来であった

あの時は、かずは12~3歳ではなかったか、7~8年ぶりの再会だった。

「いや、しばらく会わないうちに背も伸びて、もうすっかり大人になったなあ」と福島の訛りで言った。

「こちらこそ、久しぶりです、どうしてここにいるのがわかったんですか」と聞くと

「いや、戦争も激しくなっているので心配になって、ねえさんに会いに来たんだよ、そしたら成城に居ると聞いたもんでやって来たんだ、実はぜひ会わせたい人が成城に居るものだから、休みはあるのか」と聞いたので

「休みは明日ですが」と言うと、「それは丁度いい、一緒に来てくれるかね」と言う

「良いですが、誰ですか」と聞いたが、「それは会ってのお楽しみと言うことにして、明日またここで会おう」と言って帰って行った。

 

登場人物

森かず 昭和編の主人公 森利右衛門から5代目

森山イチ かずの母

森山東吉 イチの再婚相手

渡瀬光雄 イチの異母弟、福島県三春に住んでいる

渡瀬三五郎(故人)光雄とイチの父 イチの母キクの恋人、二人の間にイチが生まれたが二人は結ばれなかった。

 

 

 

魚屋の看板娘

 時は1965年以前。 当時我が家は、1957年に父が32歳で開店したまだ小さな魚屋で店先に魚の販売ケースがあった。

わが家の美人ネコ、三毛猫「ミー」が売り台のガラスの上に座って、店番

とにかく美人すぎて生涯に100匹ほど子を産んだ。

近所の大工のおじいさんは、「おまえはネコの山本富士子だなあ」と、いつも言ってた

(美人女優の系譜 原節子山本富士子吉永小百合) 蛇足、歌手だと藤圭子が絶対ナンバーワンだと思っている。

この頃は、ネコもイヌも危険なブルドッグや大型犬でなければ、自由に外を走り回っていた。

我が家のネコの歴史は、1950年代に「タケ」、それから「タマ」、そして三代目が、この「ミー」、それから「二代目ミー」、「チー坊」「ジョンソン」そして「ピー子」「カート」

で8匹。 

雌はミー2匹とピー子、2台目ミーは我が家に来てすぐ交通事故で死んだ、まだ子猫だった、2匹のミー以外は全部拾い猫。

もう年齢的に犬も猫も飼えなくなったのが寂しい。